池上彰、『おとなの教養』 変化する世の中でどう生きるのか
ブログを読みにきてくださり、ありがとうございます。
しんさんわーくす(@shinsanworks)です。
池上彰さんの『おとなの教養 私たちはどこから来て、どこへ行くのか?』
を読みました。
絶えず変化する世の中を生き抜くためには、
教養を身につけなくてはいけない。
いろいろなビジネス本を読んでいく中で、
少しずつそう感じてきました。
でも、教養を身につけると一言でいっても、
何から手をつければいいのかわからない。
まずは、道しるべとなる導入の本が読みたい。
ということで、池上彰さんの
『おとなの教養 私たちはどこから来て、どこへ行くのか?』を手に取りました。
本の中で気になった点を3つほど挙げます。
- 教養は社会の変化に柔軟に対応していくための基礎
- 利己心から仕事をして、結果的に分業に繋がる
- 歴史は一つではない
それぞれを詳しくみていきましょう!
教養は社会の変化に柔軟に対応していくための基礎
本文中に直接このような表現が書かれているわけではありません。
教養・リベラルアーツを身につける意味はここにあるんじゃないかなー
というぼくなりの解釈です。
ちょっと本文から引用してみます。
そんな四年で古くなるようなものを大学で教えてもしようがない。そうではなく、社会に出て新しいものが出てきても、それを吸収し、あるいは自ら新しいものをつくり出していく、そういうスキルを大学で教えるべきでしょう。
マサチューセッツ工科大学は、言うまでもなく
超一流の大学ですよね。
そんなマサチューセッツ工科大学は、意外にも音楽の授業が充実しているそう。
ピアノだってズラリと並んでいる。
それに驚いた池上彰さんが、マサチューセッツ工科大学の先生に対して
なぜ音楽の勉強もするのか。
それに対する回答の一部が、上で紹介した引用となっています。
マサチューセッツ工科大学では、もちろん最先端技術のことも教える。
ただ、世の中は常に進歩している。
数年経てば、古くなってしまうような知識だけでなく、
もっと根っこの部分の、世の中の変化にも対応できるような教養を
学生たちに教えている。
ということなのでしょう。
利己心から仕事をして、結果的に分業に繋がる
これは、アダム・スミスの「分業」の説明をした際に出てきた一文です。
アダム・スミスは近代経済学の父と呼ばれている人ですね。
アダム・スミスの著書、『諸国民の富』ではピンを作る例を挙げて、
分業について説明しています。
ピン作りを1人だけで、最初から最後まで作っていたら、時間がかかる。
針金を伸ばす人、伸ばした針金を切る人、穴をあける人などと
それぞれ役割を決めて、仕事を分担する。
分業すれば、生産性が高くなるということですね。
では、この分業はどのようにして行われるのか。
それを説明したのが見出しの一文です。
パンを作る過程を考えてみます。
まず、小麦を生産する人がいます。
その小麦から小麦粉を生産する人が出てきます。
さらに、その小麦粉を使ってパンを作り出す人がいる。
このように、パンを作りだす過程で分業が行われている
わけですね。
それぞれの生産者は、単純に言ってしまえば、儲かるから
各々の商品を生産している。
自分が儲けるため、つまり利己心から仕事を行っている。
それが結果的に分業に繋がっているというわけですね。
歴史は一つではない
みなさんも学校で日本史や世界史などの歴史を学んだと思います。
しかし、その当時学んだ歴史は、
今の中学・高校生などが学んでいる歴史と異なっているかもしれません。
例えば、1192年と言えば、鎌倉幕府が成立した年と教わった人も多いでしょう。
「いいくに作ろう鎌倉幕府」
という語呂合わせは有名ですよね。
しかし、鎌倉幕府はそれより以前にできていたということが
その後の研究で明らかになったといいます。
現在では、1185年に成立したという説が支持されているようです。
このように、歴史の研究が進むことによって、
「歴史」というものが変わっていく場合があります。
また、歴史の多くは勝者の視点によって書かれたものである
ということを忘れてはいけません。
例えば、三国志は日本でも有名ですよね。
よく映画や漫画、(美少女)ゲームなんかの題材にもなっていますが、
その多くは三国志演義という創作物をもとに作られています。
蜀の劉備の視点で物語が描かれていますよね。
しかし、実際には魏が天下統一したため、
演義の中では悪役のように描かれていた曹操も
歴史上ではそのような評価はされていない。
実際に曹操が物語のような人物であったかどうかは、
詳しくないのでわかりません。
しかし、歴史の多くは勝者によって書かれたものである。
ということは、しっかりと覚えておく必要があります。
内容が変わったり、勝者バイアスがかかっていたり
して歴史ってなんかいい加減だな。
学ぶ必要ないんじゃないか。
とお思いの方もいるかもしれませんが、
過去を学ぶことは今を生きる上では非常に重要です。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
宜野z…じゃなかった、ビスマルクの言葉ですよね。
よく誤解されている言葉だとか言われているようですが、
歴史から学べることがあるのなら学んでおいて損はないと思います。
人は基本的に愚かです。当然失敗もします。
あなたが今日した失敗は、過去の誰かがすでにしている失敗なのです。
であれば、その失敗を知り、
起こり得る失敗を事前に防ぐ。
このような理由で歴史を学ぶのもありなんじゃないでしょうか。
まとめ
池上彰さんの
『おとなの教養 私たちはどこから来て、どこへ行くのか?』は、
これから教養について学んでいきたいという人にオススメです。
本を読んで、興味を持った、気になった分野から学び始めて
いくとよいと思います。
今日の学びがいつか、大きな成果へと繋がることでしょう。